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絶版!! 杉田久女全集 全2巻揃 立風書房 検:高浜虚子/正岡子規/橋本多佳子/松尾芭蕉/三橋鷹女/与謝蕪村/夏目漱石/小林一茶/中村汀女/初版

絶版!! 杉田久女全集 全2巻揃 立風書房 検:高浜虚子/正岡子規/橋本多佳子/松尾芭蕉/三橋鷹女/与謝蕪村/夏目漱石/小林一茶/中村汀女/初版[浏览Yahoo!拍卖页面]

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卖方资料

雅虎卖家:rocfalcon0920收藏卖家

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三边和 运费
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80厘米 ¥63
100厘米 ¥75
120厘米 ¥86
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商品参数

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    开始时的价格:¥1928 (38000日元)
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商品詳細
昭和初期に活躍した日本を代表する女性俳句の先駆者。
 1890(明治23)年5月、官吏であった父赤堀廉蔵、母さよの三女として父の赴任先の鹿児島市で生まれた。本名ひさ(久)。父の転勤に伴い、鹿児島から沖縄、さらに台湾へ転居を重ね、1902(明治35)年(一説には03年)、名門の女子高等師範学校(現お茶の水女子大学)附属高等女学校に入学した。
1909(明治42)年に旧制小倉中学校(現小倉高校)の図画教諭杉田宇内(うない)と結婚し、小倉市(現北九州市小倉北区)に転居した。夫宇内は東京美術学校(現東京芸術大学)卒業の秀才であった。長女昌子、次女光子の二子をもうけ、久女26歳のとき、日明(ひあがり)(現小倉北区日明1丁目)の家を訪ねてきた次兄赤堀月蟾(げっせん)(忠雄)の手ほどきで俳句と出会った。翌1917(大正6)年俳句雑誌ホトトギスの「台所雑詠」に 鯛を料(りょう)るに俎板(まないた)せまき師走かな が初入選するなど頭角を現していった。
久女の代表作として名高い 花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ は1919(大正8)年の作品である。ホトトギスを運営し当時の俳壇の実力者であった高濱虚子は「男子の模倣を許さぬ特別の位置に立つてゐ(い)る」と高く評価した。  
1922(大正11)年 足袋つぐやノラともならず教師妻 は、芸術活動と家庭生活との両立に悩み、夫宇内との離婚問題もあったようであるが、娘たちを思い家庭に戻ることを選択した心境を詠んだものとされている。一方で、この頃、当時の北九州の文化サロンとも言われた櫓山荘(ろざんそう)(現北九州市小倉北区中井浜)で、戦後の俳壇をリードすることとなる橋本多佳子と出会い、俳句の手ほどきをすることとなった。
1931(昭和6)年、大阪毎日新聞社、東京日日新聞社共催の「日本新名勝俳句」に応募し、英彦山(ひこさん)で詠んだ 谺(こだま)して山ほととぎすほしいまゝ が全国10万3千余句の応募の中からわずか20句に授与される帝国風景院賞を受賞した。
1932(昭和7)年3月、女性による女性のための俳句雑誌「花衣」を創刊し、この間 白妙の菊の枕をぬひあげし  風に落つ楊貴妃桜房のまゝ 無憂華(むゆうげ)の木蔭はいづこ仏生会(ぶっしょうえ) などの代表句を詠んだほか、女性俳句研究なども発表したが、わずか5号(同年9月)で廃刊とした。
「花衣」は廃刊するものの、同年10月にはホトトギス同人に推挙されるなど、1931(昭和6)年から1934(昭和9)年にかけては久女の俳句にとって最良の時期であった。
1936(昭和11)年10月、ホトトギスに「同人のうち日野草城、吉岡禅寺洞、杉田久女三君を削除」するとの同人変更の社告が掲載された。日野、吉岡は当時盛んだった新興俳句運動の中で、虚子との対立が鮮明だったが、久女の除名ははっきりとした理由がわからず、多くの俳人を驚かせた。久女が自らの句集刊行を切望し、句集刊行に向けた行動にその理由があるのではないかという、その後の研究もある。
蝶追うて春山深く迷ひけり 同人除名後の1937(昭和12)年の作品である。
ホトトギス俳壇から遠ざけられた久女だが、他の俳句結社に移ることはなく、ホトトギスに投句を続けた。また、句集刊行をあきらめたわけではなく、戦局深まる中、空襲時は句稿とともに防空壕に避難し作品を守ったという。しかし、終戦直後の1945(昭和20)年10月、太宰府の県立筑紫保養院に入院、1946(昭和21)年1月21日腎臓病悪化のため55歳で逝去した。物資不足による栄養失調が原因と推測されている。
久女念願の句集は、1952(昭和27)年10月、戦後間もない物資不足のなか、長女昌子の何としても母の句集を出したいとの一途な思いと行動によって、師と慕い続けた虚子の序文も得て角川書店から世に出た。
句集の最末尾に掲載された句は、鳥雲にわれは明日たつ筑紫かな である。

ご存じの方には多言ではございますが、その量と質からも、最高の杉田久女全集でございます。大変入手困難でございます。
大事にコレクションしておりましたが、増えすぎたDVD・CD類の整理をしており、この度出品させて頂きました。送料もこちら負担、格安にて出品させて頂きましたので、どなた様かお引取り頂き、お楽しみ頂ければ、誠に幸いです。
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